昔の事だが、大学院を出て都内の美術大学の映像学科の助手に着任することになった。1月にその大学から連絡があり、人手が足りぬので、2月から助手予定者として試験監督と、時間が余ったら教務補助のグループで運営に加わってほしいとのこと。知らぬこともある学校ゆえ、研究室の方に都合を付けてそちらに向かうこととなった。
その美大には各学科・研究室に助手と教務補助員が配置されていた。教務補助は他大だと副手などともよばれ雑多な研究室の作業や事務などを行う、大学運営の最前線でもある。初年度は、試験の際は監督業務、手が空いたら教務補助の業務を行うというかなりの激務だった。
入学試験の準備の際には、普段だと使えるアルバイトの学生が使えない部分ばかりである。机やら椅子やらの配置であればいいが、入試に実技がある大学では入試出題の準備での機密保持も考えねばならず、そういう部分で教務補助さんの出番となるわけであり。まあこの辺りは大変面白い部分だが割愛する。
美大とは言え学科試験では早稲田とほぼ一緒。ただその時に、試験監督は美大の教授が行うわけで、ある意味珍道中でもある。こちらも致命的(?)なトラブルは無かったものと思っているしたとえ有っても書けぬ。ただ、これは記してもいいだろうが、美大って実技だけじゃなく筆記の試験がかなり出来る学生も結構受験しにきてるのだなということは分かったのは収穫であった。
そして美大入試のメインイベントは実技試験。
朝、控え室に試験監督の教授や助手が集まり、出題者の先生や試験担当の委員の先生から出題についての説明を受ける。美大の実技試験というのはデッサンや油絵もあるが、自分らで課題を設定して作成するようなものもあるし、持参の画材や道具を使う試験もある。なのでその事前説明をきちんと聞いておかねば運営にも差し支える。油絵日本画から資格伝達デザインや工業デザイン、映像や芸術文化まで学科の分野は様々でもある。
ところが、何十年も入試に関わっている大先生らは、助手を当てにする。「おー君が一緒か、だったら全部任せても大丈夫だな」と説明に聞く耳を持たずマイペースというのは当時では普通のこと。若造からすると、なんでこんな大御所のアーティストに分野外の試験監督任せるものかとも思ってしまうが、それが美大の入試なのだからしょうがない。大先生には適当にお座りいただいてこちらで全て段取りを整えて大先生には「開始!」と「終了!」の掛け声だけお願いするということにしてもらったり。
控え室での出題説明でもよく一悶着あった。説明する側の先生もアーティストである。出題意図や必要な作業を分かりやすく客観的に説明出来る人ばかりではない。すると、作業を試験会場で行うことになる監督の先生らから徐々にイライラの言葉が飛び出す。時には、壇上の先生と試験監督の先生とで口喧嘩めいてしまい控え室が殺伐としていったことも。
とにかく準備を終えて会場に向かうと、モチーフがある試験会場だと、受験生は会場前で鍵が開くのをさらに殺伐とした空気の中で待っている。 事前にバラバラにモチーフを見てしまうと不公平になるからだ。監督が鍵を開けると、部屋の中に皆がなだれ込み、場所決めの抽選である。モチーフをどこからどう見るかはくじ運次第になってくる。
ただそこでまた悲喜交々。自分の合った場所を陣取れればいいが不本意だと受験生はそろりそろりとイーゼルと椅子を動かし始めたり。僅かだと許容範囲だが大胆不敵に移動する学生もおり、そこを見張るのもすでに試験官のお仕事でもある。
試験開始してしまうと、油絵の制作などだと最長6時間。そして何よりカンニングの無い試験でもある。監督側としては開始してしまうとほっとできる・・・と持ったら大間違い。課題への解釈やら、個々の学生さんからの質問やらが結構出てくるのも実技試験。すると廊下に控える教務補助さんを伝令にひとつひとつ本部に確認をして、学生へ返答をすることになる。
美大の場合、何年も浪人してきた多浪生が結構な数受けに来ることがある。そういう受験生と現役の高校生とがひとつの会場で受験する様子は凄い風景である。セーラー服の女子学生がおどおどしつつ制作する横で、周囲を威圧しつつベテランの風合いのヒゲ面の多浪生が悠々とした様子で筆を動かすてのを見るのもいいものではある。 まあどっちも頑張れと。
そして・・・学生さんの処置も役割。音を立てて制作作業する受験生に別な学生が注意したら逆ギレされて試験会場で殴り合いが始まったり、具合が悪いと学生がトイレに行こうとして動けなくなり、教務補助さんが背負った途端に背中で吐かれたりとか、画材を全部忘れてきて売店まで慌てて画材買いに行ったりとか、 いろんな出来事がそこには起こりうる。ストーブが暑いとか換気してくれとかの対応まで、とにかく受験しにきた全ての学生が力を出しきってもらうようにするのが試験監督の仕事。
そして終了後、学生さんの作品を集めてから整理をして、審査のための環境づくりまでをして終了となる。作品をそのまま置いて貰うことも有れば、ある指示に従って並べ直して審査することもある。そこには非常に整然かつ厳正な仕組みが構築されており、美大のシステムってこうなって出来ているのか・・・としみじみ実感した瞬間でもある。
助手の場合は関与はここまで。審査や合格判定は当然ながら教授のお仕事。ただ、ああこうやって受験生が選ばれてゆくのだな・・・という現場を見ることが出来たのは非常にいい経験になっている。受験生や入学してきた学生は受験の技術などの話をよくするが、大学の側ではもう少し違う目で見ているなという印象は助手の時に感じていた。そして、美大の入試についてある先生の「いい学生は必ず合格しているはず」というご発言を記しておく。
私は4年間、計5回の入試業務に携わり契約満了で退任したのだが、上記は10年くらい前の美大でのこと。今もそう大きく変わってはいないだろう。そしてそこを通過してきた受験生が、学生として4月から大学に入ってくる。世間では大学についていろいろ言われてはいるが、結局は毎年この繰り返しである。変わらねばいけないこともあろうが、変わらないこともまた大学を支えている。
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